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更年期女性の不定愁訴の中には精神症状の頻度が少なくありません。
更年期障害の診療を行う上で抑うつ・不安状態が重要な問題と考えられます。
更年期女性の抑うつ症状の成り立ちについては、いまだ不明な点が多く、ハーバード大学の研究グループは、うつ病の既往歴のない女性が更年期に入るとうつ病の発症リスクが高まること、血管運動神経症状がある女性では特にその傾向が強まることを報告があり、女性ホルモンの低下がうつ病の発症に関係している可能性を示唆しています。しかし、これを否定する報告もあり、米国NIHでは、閉経に伴う卵巣機能の変化が、抑うつや不安、イライラの原因になっていることを示すエビデンスは限られているという見解を示し、ホルモン療法の効果についても十分な結果は得られていないと述べられています。
また日本でも、日本産婦人科学会・日本更年期医学会はホルモン補充療法ガイドラインの中で、「HRTは更年期の抑うつ気分または抑うつ症状を改善する」が「精神・身体症状を有する更年期のうつ病に対するHRTの効果については、まだコンセンサスが得られていない」という立場をとっています。
このように、抑うつ症状は更年期女性にしばしばみられる症状ではあるものの、女性ホルモンの低下が直接的な原因とはいえず、その取扱いはほかの時期のうつ病・うつ状態と基本的には同様と考えられています。
更年期は生殖期から老年期への移行期と定義されているが、生殖期と老年期を比較すると、身体的な状況身体的な症状のみならず、社会的な在り様や人間関係にも大きな違いがあり、これらの変化に対応するために、更年期の女性は内面的な価値観や心の持ち方を変化させていく必要に迫られます。更年期は女性のライフサイクルの中で非常に大きな過渡期であるといえます。
身体的な面では、更年期以前は月経が順調にあり、妊娠・出産が可能で、女性ホルモンのおかげで肌にも張りがあり、動脈硬化や骨粗鬆症からも守られています。自覚的にも、疲労が短時間で回復し多少の無理がきくという感じがあります。しかし、更年期に入ると、以前と同じ活動量でも疲労が激しく、疲労を回復するのに時間がかかり、もう無理はできないと感じられるようになります。また、血圧が上昇したり、コレステロールが上がってきたりという変化が出現し、さらに肩や膝、手関節などに痛みが出るなど、身体のあちこちに加齢の兆しがみられるようになります。やがて更年期が過ぎて老年期に至ると女性ホルモンによる保護作用がなくなり、皮膚や体形など容姿にも加齢の変化がみられ、生活習慣病や骨粗鬆症、ロコモティブシンドロームなどが顕在化するようになります。
また社会的な面では、更年期以前の女性は、妻、母、職業人としての役割を持ち、それに付随する人間関係の中で生きているが、更年期に入るとこれらの役割は徐々に失われ、その過程で家族の問題、介護をめぐる親兄弟との問題、職場の問題、自分や周囲の病気など様々な問題が顕在化してくることが多いです。そして、老年期に至ると、親の介護を終えた後に定年後の夫と二人、老夫婦として過ごす時間だけが待っているという状況になります。
更年期の女性はこの変化のなかで、慣れ親しんだ役割や人間関係を失う喪失感や老いの実感、将来の不安などを経験します。
このように更年期の女性は、生殖期と老年期という全く異質な2つのライフステージの狭間で、さまざまな喪失体験を経験し、家族の問題に立ち向かい、さらに老いを受け入れながら、価値観や適応様式を変化させて、老年期という未知のステージに適応していくというおおきな仕事をすることになります。
このような状況を考えると、この時期に抑うつや不安が起こりやすくなることは想像に難くないが、まさにこのライフサイクル上のおおきな過渡期を背景にしていることこそ、更年期女性の抑うつ症状の大きな特徴といえます。
前述したように、更年期はライフサイクル上の大きな過渡期であり、この時期の女性は身体的・社会的変化に対応しながら価値観や適応様式を変化させ、老年期という次なるライフステージに適応していくという大きな課題を背負っています。多くの健康的な女性たちはこの仕事を自力で行っているが、何かの理由でそれができない場合、そこに抑うつや不安という病態が発生すると考えられます。
したがって治療においては、薬物療法で症状を緩和することに加えて、彼女たちがこの課題を解決するための手助けをする必要があり、この意味で精神療法は重要であると考えられます。
精神療法の具体的な手法は様々ですが、いずれにしても、患者さんがこの大きな変化に適応できずにいることや、治療のゴールは元の状態に戻ることではなく、新しいライフステージへの適応であるという認識を持つことが重要です。
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